2019.03.04

オックスブリッジ営業

Img_4074もう一ヶ月が経とうとしていますが、先月上旬にイギリスへ行って参りました。

実は、元々はいつもの?旅行のつもりだったのですが、ちょうど期間中にオックスフォードで開催される予定の「MEDIEVAL ZOMIAS: STATELESS SPACES IN THE GLOBAL MIDDLE AGES」というワークショップで日本中世史の立場から情報提供をしてほしいとの依頼をいただき、急遽報告をすることになりました。
Zomiaというタームは、日本語では「脱国家」と呼ばれるように、国民国家支配を受けない、あるいはそれを拒否する人々のことで、元々は19世紀後半から20世紀にかけて、中国南西部から東南アジア山間部にかけて分布する人々の動向に注目したものでした。
…といっても、お恥ずかしながら、ドメスティック日本史に浸かった私はまったくの不勉強で、概念を一から勉強するような体たらくでした。日本中世史で類似のネタはないかと色々と考え、山ではないが海なら行けるかもということで、倭寇(前期倭寇)をテーマに喋ることにしました。

当日は私の情けない英語力のせいで散々でしたが、親切なホストや聴衆のみなさんには意図を酌んで下さったようで、安堵しました。このトシではもう絶望的ですが、もう少し英語を磨きたいところです…。


Img_4087その後は、元々予定していたケンブリッジへ。バスで4時間…。現地では旧友が現在滞在しており、期間中はいろんな所へ案内していただくなど、とてもお世話になりました。こじんまりとした街でしたが、楽しく過ごすことができました。

今回は慌ただしい旅程でしたが、またのんびりとイギリス各地をまわってみたいものです。暖かい時期に。

ゾミア―― 脱国家の世界史
ジェームズ・C・スコット
みすず書房
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2019.01.01

2019年

あけましておめでとうございます。
ここ数年同じ事を書いていますが、すっかり死に体となったこのブログを本年も宜しくお願いいたします。
ホームページの方は開設してから今年で20年になりますが、もはや機能しているのは掲示板だけになってしまいました(笑)。ちなみに、このブログは今年で15年になります。惰性ながらここまでよく続いたものだと思います(笑)。

昨年は少しずつ原稿を書き進めてはいたのですが、結果的に発表論文は7年ぶりにゼロでした(書評2本だけ)。
望ましくない状態になってきましたが、年齢的にもひと踏ん張りな時期なので、気を取り直して頑張りたいと思います。(酒量は増える一方ですが…)

また、予定通り進めば、来年度の後半からは一生に一度という経験をする機会があるかもしれません。
詳細は正式に決まればご報告したいと思いますが、現時点では、それを実現すべく精進したいと思います。

年明け早々に報告が立て続けにあるので(うち一つは英語…)、休まる暇はありません。
ともあれ、後悔しない一年となるようにしたいと思います。
みなさんにとってよい一年となりますように。

2018.11.26

日々追われる

Nanhai1

11月になっても相変わらずです。
月初には、香港経由で広東省陽江にある広東海事博物館で展示されている、「南海1号」沈没船を見に行ってきました。
12世紀後半に広東近海で沈没したとされる貿易船で、東南アジアのどこかへ向かっていたと考えられています。船体をそのまま展示しているのは珍しく、積荷も含めて大いに勉強になりました。
忙しいとはいえ、こういった貴重な経験もできているので、それを糧にして与えられた課題に取り組みたいと思います。
幸い体調は問題ないですが、いま健康を損ねたら計画が破綻するので、気をつけたいと思います。

2018.10.28

忙殺

Prague

もう一ヶ月以上前ですが、夏休みにはチェコへ行ってきました。
精神を安定させるのに必要な旅行ということでご容赦ください。

そのツケというわけか、後期が始まってからはスケジュール過多で、ここの更新どころではなくなってしまいました。
授業等もですが、なにしろ抱えている原稿が火の車。
本を読む時間すらままならず、いただいた本の御礼も書けず、申し訳ありません。

来月になると少しは落ち着くと思うのですが…。
業界から忘れ去られないよう、精進いたします。

2018.03.24

釜山港へ

Busan_6_2正月の話を今更するのもお恥ずかしいことですが、正月休みの間にプサンへ行ってきました。
韓国へは、ソウルには何度も行ったことがあったものの、プサンは全くの初めてでした。天気も良くて楽しい旅となりました。

時間のある限り色々と歩き回ったのですが、写真は中心部にある龍頭山(ヨンドゥサン)公園。

Busan_7_2

公園内には、「草梁(チョリャン)倭館」と記した案内があります。この周辺は17世紀後半から19世紀にかけて日本人居留地(倭館)だったところでした。その面影はほとんど今は遺っていませんが、今でもプサンの繁華街になっている地域です。日本の植民地時代にも多くの日本人が住んでいたようで、一部その時代に建てられた建物もあるようです。

Busan_2

市内の倭城跡には行っておきたいということで、こちら釜山鎮支城跡へ。現在は朝鮮式城郭跡の公園として整備されているものの、かつては倭城(子城台倭城)だった名残が遺っている石垣から窺えます。

Busan_1

この城は豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)の際に、朝鮮半島における拠点として小西行長らによって整備されたと言われています。

Busan_3

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このように、後世に再整備されていると思われるものの、石垣は豊臣系城郭といった風情で(素人の見た目ですが)。事前の下調べはあまりせずに行ったのですが、こんなに石垣が遺っているのを知らなかったので、驚きました。

なお、麓には朝鮮通信使歴史館があり、朝鮮王朝と日本の江戸幕府との交流についての展示がされています。後で知ったのですが、ユネスコの記憶遺産への登録に関係しているようです。

Busan_8

あとは町歩き。「草梁イバグギル」として、プサンの古い町並みが遺っている場所を散歩のスポットとして整備した場所へ行きました。もっとも楽しい思い出ばかりではなく、ここは朝鮮戦争時に多くの避難民が難を逃れた場所だったとのことです。

ともあれ、急坂かつ階段で、なかなかの運動になりました。平日だったので閑散としていましたが、休日には道端の店も開いて賑やかになるのかもしれません。

Busan_9

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登り切った辺りから見たプサン駅周辺。

東萊府など行けなかったところがいくつかあるので、また行きたいと思います。

(※今回から画像の表示形式を変更しました。)

2018.01.01

2018年謹賀新年

なんだかあっという間に新年となりました。
本年も宜しくお願いいたします。
毎年書いているような気がしますが、このブログもすっかり先細りの体たらくになってしまいました。そろそろ潮時かなと思わないでもないのですが、もうしばらく続けたいと思います。
史跡ネタは、実は溜まる一方なのですが、全然更新できていません…というか、正直に言えば、ここで紹介する気力が今はほとんどありません。いつかは再開したいと思いますが、もし期待している方がおられましたら、現状について申し訳ないと思います。

さて、昨年は細々ながらも研究面では次のような成果がありました。

・二冊目の単著(論文集)刊行。
・リスボンでの研究会報告(報告は英語でなんとか頑張りましたが、討論は日本語…)
・論考をいくつか発表(しかし出たのは上半期のみ)

研究面では、今年はかなり深刻な事態になりそうで、今から不安いっぱいです。
研究生活でもピークが過ぎたと言われないように、がんばりたいところです(ただ、粗製濫造しても意味はないのですが)。

ともかくも、健康第一でまいりましょう。
みなさんにとってもよい一年となりますようお祈りいたします。

ちなみに、先月は菅浦(左写真、3回目)と熊本(n回目)へ行ってきました。
熊本へは震災後初めて行ったのですが、熊本城の現状を目の当たりにしてきました(右写真)。私にできることはほとんどありませんが、復興が着実に進むことを願っています。

SugauraKumamoto


2017.09.16

リスボンでの学会報告

Lisbon_1Lisbon_28月末から9月初めにかけて、EAJS(ヨーロッパ日本研究協会)の国際学会のため、リスボンへ行ってきました。応募したパネルが幸運にも採択されました。

報告は日本語でもokということで気軽な気持ちでいたのですが、諸々の事情により結果的に英語で報告することになり(討論は結局日本語にしてもらいましたが)、私の報告はしどろもどろに(笑)。とはいえ、聴衆のみなさんからは意を汲んだ質問をいただいて、少しほっとしました。私の語学力はまだまだ初心者のレベルで、忸怩たる思いです。

学会では様々なイベントも用意されており、この辺りは日本の学会とは違った雰囲気を体感できました(その分、参加費が高いのではありますが)。合間を縫ってリスボンやその周辺の史跡も巡見し、満足した“出張”になりました。

国際学会(英語)での報告はこれで2回目ですが、まだまだ修行が足りません。それとともに、そろそろ英語で原稿を書く必要があるだろうなあ(名刺代わりとして)と思うものの、それを可能とする実力を身につけるための努力はまだまだこれからです…。

それにしても、リスボンは素晴らしい所でした。ヨーロッパやアメリカなどからバカンスに訪れる人が多いのもわかります。晴れると暑いものの、湿度が低くて過ごしやすかったです。坂がきつくて歩き回ると結構疲れますが。

2017.04.10

寧波

Ningbo_1先月、寧波へ行ってきました。大学院時代のゼミのメンバーとの間でかねてより計画していた旅で、なかなか実現できずにいたのですが、やっと実現できて感慨ひとしお。しかも私は寧波は初めてだったので、やっと念願が叶った心境でした。
ただ、行ってみるとこのように完全に都市化しています。当然といえば当然なのですが。

Ningbo_6Ningbo_5日中交流の痕跡を探して廻ったわけですが、残念ながら実見してそれとわかるようなものは遺されていません。左写真の霊橋は、川に囲まれたかつての寧波へ入る唯一の橋だったもので、その手前にある川岸が、各地からの物資を荷揚げする場所だったとされています。
留学で訪れた道元の祈念碑が近くにありますが、工事エリアになっており近づけず。

右写真は、その近くの日本人が多く居留した地に建つ境清興法寺跡の石碑。この辺りが寧波の乱の勃発地と目されています。

Ningbo_2時間が限られていたので少しだけですが、舟山にも行きました。これは舟山のごく手前にある瀝港(烈港)に建つ「平倭碑」。この辺りは、双嶼へ移る前に王直が拠点とした場所で、その鎮圧を記念して建てられたものです。石碑には多くの碑文が刻まれていましたが、ガラスで反射してまともに写せそうにないので、接写は諦めました。

Ningbo_3Ningbo_4中世の日本から留学僧が訪れた著名な二つの寺院。左は阿育王寺の開山堂。かつて、重源が周防の木材を寄進して建てられたと伝わっているもので、今のものはそうではないかもしれませんが、中に入ってみると確かに様式は東大寺大仏殿に似ている気がしました(専門じゃないので自信はないですが)。

右は天童寺。栄西も訪れた寺院ですが、道元が修行した所として知られています。日本からの曹洞宗関係の訪問者が多いらしく、境内にはその記念の品々が展示されている場所もありました。

Hangzhou寧波の後は杭州へ。こちらも時間が十分ではなく、霊隠寺の石仏を見学したり南宋時代の都市の遺跡をちょっと見たりした程度でしたので、再訪したいところです(カメラの調子も悪くなったのが残念)。写真は世界遺産の西湖。天気がいまいちでしたが、かえって水墨画のような雰囲気になってよかったかもしれません。

2017.04.03

2017年度

光陰矢の如し。春休みもあっという間に終わり、新年度となりました。

私の環境は特に変わりませんが、いろいろな形で環境の変わる方々におかれましては、新たなる前途が拓けますことをお慶び申し上げます。

昨年度は著書を出すことができたものの、その後の研究の進捗は今ひとつで、そろそろ始動したいところです。ただ、今年度は新たに勤務先の近所の某大学で1コマ受け持つこととなり、前期は講義なのでその準備も進めねばなりません。専門の話が中心になるので楽しみではあるのですが、ペースをつかむまでしばらくドタバタしそうです。

また、夏には海外で報告をする予定になっています。日本語でも可のようですが、討論者の都合上、英語で報告をすることになるかもしれません。報告自体は新しいネタを準備するというより、これまでの研究のダイジェストのような話になるので、準備はそれほど難しくないものの(報告時間は20分しかないし)、やはり討論がなあ…。英語の勉強をがんばります。

さらに、秋には国内外の貨幣史研究者の前で喋ることになっており、交流が広がることはとても楽しみなのですが、報告自体は戦々恐々(笑)。こちらも内容はダイジェストで。

とまあ、近年は講演などのような仕事が徐々に増えてきましたが、過去の貯蓄で食っていけるほどの蓄積には程遠いですので、研究活動が疎かにならないよう気を引き締めたいと思います。

新年度も宜しくお願いします。

2017.03.08

単著『中近世日本の貨幣流通秩序』を刊行しました

このたび、二冊目の単著となる『中近世日本の貨幣流通秩序』(勉誠出版、2017年)を刊行いたしました。

前著を出してから約8年が過ぎ、その後に発表した論考が増えてきましたので、最近関心のあることも新たに書き加えながら一冊にまとめることにしました。幸い勤務先からも助成を得ることができましたので、刊行する運びとなった次第です。

とはいえ、前著もそうですが、それぞれの論考は元から一冊にまとめる構想に基づいて書いたものではなく、率直にいえば当時の関心や依頼内容に基づいて個別に書いたものなので、一冊にしてどれほどのまとまりがあるのかという批判はおそらくあるでしょう。ただ、いざ一冊にまとめてみると、それなりにストーリーが描けているようにも感じていますし(感じるだけかもしれませんが(笑))、今後の課題も浮かび上がってきたと思っています。

論文集という形での単著となると、おそらく次はもう当分ないと思います(あってもリタイアした頃でしょう(笑))。そういう意味では、私の人生にとっても転機となる一冊になりそうです。
ともあれ、これまでの成果をこのように形にすることができたことは、多くの方々のご助力があってのことです。まして二冊目を出すことができたのはこの上なく光栄なことで、お世話になった方々に改めて御礼申し上げます。

なお、二冊目でもあるので、「あとがき」は比較的淡々としたものになりました(笑)。「あとがき」から読む方には物足りないと思いますが、ご容赦ください。

4585221700中近世日本の貨幣流通秩序
川戸 貴史
勉誠出版 2017-03-31

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