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2020.03.28

疫病騒動など

あれよあれよという間に世界的な問題になってしまいましたが、みなさんも油断せずどうぞご自愛ください。これから業界的には研究会シーズンなだけに、つらい判断を迫られる方々も少なくないことでしょう。ご心痛お察しします。

長らくこのブログを放置しておりまして、もし更新に期待しておられる方がおられましたら申し訳ありません。いくつか書籍の献本をいただいておりますが、事情により紹介を停止しております。悪しからずご了承ください。

さて、大変な状況ですが、年度更新の時期ということもあり(といいつつあまり関係ないですが)、おそらくこのブログの唯一の存在意義である研究会リンク集(左側にあるリンクをどうぞ)を更新しました。研究雑誌もオンライン化が進み、はや定着した段階では遅きに失していますが、オンライン化している雑誌へのリンクを張りました。
また、新たに紀要類へのオンラインジャーナルへのリンクも新設しました。こちらは適宜追加していきたいと思いますが、ご存じのものがあればお知らせ下さい(ただし、掲載の判断は私の一存といたしますので、ご理解ください)。

このリンク集も細々と続けておりますが、日本中世史に関する便利で詳細なリンク集やデータベースが別に存在していれば、私のリンク集はすぐに更新を終了しますので、それをご存じの方は是非お知らせください。なお、史料画像データベースへのリンク集はこちらをどうぞ

ところで、5月に著書を出します。ネットではもう情報が出ていますが、この件は後日また改めて…。

2020.01.05

謹賀新年2020

本年も宜しくお願いいたします。

このブログをすっかり放置してしまい、定期的に見に来てくださっている方には申し訳ありません。ネタが皆無なわけではないのですが、なかなか気が乗らずというか、色々と事情もありまして…としか申しようがありません。

すでに時間が経ってしまいましたが、昨年秋には『歴史学研究』にて中近世移行期の日本貨幣史に関する小特集に寄稿し、研究史整理を行いました。私が今の研究を志したきっかけは、まさに同誌で1998年に特集された中世貨幣史の諸論文に触れたからであり、原稿にも書いた通り、その前年である1997年に一橋で行われた歴研大会でした。私にとって初めて行った歴研大会で、今でも(当日の丁々発止な遣り取りとともに(笑))思い出となっています。上記原稿は、当時のことも思いながら書きました。あれから20年が経って、私には果たして成長したでしょうか…。

なお、引き続き多くの方々から御高著を拝領しておりますが、御礼も紹介もできずにまことに申し訳ありません。今後の私自身の糧といたしたく、ありがたく拝読いたします。細々と続けていた紹介はまだしばらくできませんが、しばらくしたら再開したいと思います。

今年はなかなか学会に出かける機会もなさそうなのですが、なるべく耳学問もできるよう頑張ります。とりあえずは、目の前の原稿を早く終わらせたい…。

2019.10.29

上海にて喋る

先週末、上海の復旦大学で開催された研究会(フォーラム)に招待されたので、報告してきました。

テーマは、「世界史の中の東アジア」、いずこにおいてもグローバルヒストリーが全盛といったところでしょうか。

報告時間は20分しかなかったので、日本中世の貨幣史を中国との関係から概略的に話しました。

私は中国語はまったくできない(勉強したこともない)ため、報告からコミュニケーションから日本語一辺倒だったのですが、その結果、語学ができないことによるデメリットを終始痛感することになりました。ほかの報告(中国語)も日本に関する内容がほとんどだったのですが(近世から近代の思想史が多かった)、中国語ができない私は議論どころか報告を理解することもできず、なんとももどかしい思いをすることになりました。

この歳では、これから勉強しても「使いこなす」レベルに到達することはもう不可能でしょうけれども、それでも中国語をちゃんと勉強した方がいいだろうと思うようになりました。今後の研究動向を考えても、中国語の論文にアクセスできることは必須になりそうだし…。でもまあ、その前に英語がいかんとも。

 

2019.09.29

足跡だけですみません

なんとか毎月一度は書き込んでいたのですが、今月は色々とあり、とりあえず足跡だけ残すことにします。

来月もまともなことが書けるかどうか心配ですが…。

掲示板はいつも通り運用していますので、引き続きご活用ください。

2019.03.04

オックスブリッジ営業

Img_4074もう一ヶ月が経とうとしていますが、先月上旬にイギリスへ行って参りました。

実は、元々はいつもの?旅行のつもりだったのですが、ちょうど期間中にオックスフォードで開催される予定の「MEDIEVAL ZOMIAS: STATELESS SPACES IN THE GLOBAL MIDDLE AGES」というワークショップで日本中世史の立場から情報提供をしてほしいとの依頼をいただき、急遽報告をすることになりました。
Zomiaというタームは、日本語では「脱国家」と呼ばれるように、国民国家支配を受けない、あるいはそれを拒否する人々のことで、元々は19世紀後半から20世紀にかけて、中国南西部から東南アジア山間部にかけて分布する人々の動向に注目したものでした。
…といっても、お恥ずかしながら、ドメスティック日本史に浸かった私はまったくの不勉強で、概念を一から勉強するような体たらくでした。日本中世史で類似のネタはないかと色々と考え、山ではないが海なら行けるかもということで、倭寇(前期倭寇)をテーマに喋ることにしました。

当日は私の情けない英語力のせいで散々でしたが、親切なホストや聴衆のみなさんには意図を酌んで下さったようで、安堵しました。このトシではもう絶望的ですが、もう少し英語を磨きたいところです…。


Img_4087その後は、元々予定していたケンブリッジへ。バスで4時間…。現地では旧友が現在滞在しており、期間中はいろんな所へ案内していただくなど、とてもお世話になりました。こじんまりとした街でしたが、楽しく過ごすことができました。

今回は慌ただしい旅程でしたが、またのんびりとイギリス各地をまわってみたいものです。暖かい時期に。

ゾミア―― 脱国家の世界史
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2019.01.01

2019年

あけましておめでとうございます。
ここ数年同じ事を書いていますが、すっかり死に体となったこのブログを本年も宜しくお願いいたします。
ホームページの方は開設してから今年で20年になりますが、もはや機能しているのは掲示板だけになってしまいました(笑)。ちなみに、このブログは今年で15年になります。惰性ながらここまでよく続いたものだと思います(笑)。

昨年は少しずつ原稿を書き進めてはいたのですが、結果的に発表論文は7年ぶりにゼロでした(書評2本だけ)。
望ましくない状態になってきましたが、年齢的にもひと踏ん張りな時期なので、気を取り直して頑張りたいと思います。(酒量は増える一方ですが…)

また、予定通り進めば、来年度の後半からは一生に一度という経験をする機会があるかもしれません。
詳細は正式に決まればご報告したいと思いますが、現時点では、それを実現すべく精進したいと思います。

年明け早々に報告が立て続けにあるので(うち一つは英語…)、休まる暇はありません。
ともあれ、後悔しない一年となるようにしたいと思います。
みなさんにとってよい一年となりますように。

2018.11.26

日々追われる

Nanhai1

11月になっても相変わらずです。
月初には、香港経由で広東省陽江にある広東海事博物館で展示されている、「南海1号」沈没船を見に行ってきました。
12世紀後半に広東近海で沈没したとされる貿易船で、東南アジアのどこかへ向かっていたと考えられています。船体をそのまま展示しているのは珍しく、積荷も含めて大いに勉強になりました。
忙しいとはいえ、こういった貴重な経験もできているので、それを糧にして与えられた課題に取り組みたいと思います。
幸い体調は問題ないですが、いま健康を損ねたら計画が破綻するので、気をつけたいと思います。

2018.10.28

忙殺

Prague

もう一ヶ月以上前ですが、夏休みにはチェコへ行ってきました。
精神を安定させるのに必要な旅行ということでご容赦ください。

そのツケというわけか、後期が始まってからはスケジュール過多で、ここの更新どころではなくなってしまいました。
授業等もですが、なにしろ抱えている原稿が火の車。
本を読む時間すらままならず、いただいた本の御礼も書けず、申し訳ありません。

来月になると少しは落ち着くと思うのですが…。
業界から忘れ去られないよう、精進いたします。

2018.03.24

釜山港へ

Busan_6_2正月の話を今更するのもお恥ずかしいことですが、正月休みの間にプサンへ行ってきました。
韓国へは、ソウルには何度も行ったことがあったものの、プサンは全くの初めてでした。天気も良くて楽しい旅となりました。

時間のある限り色々と歩き回ったのですが、写真は中心部にある龍頭山(ヨンドゥサン)公園。

Busan_7_2

公園内には、「草梁(チョリャン)倭館」と記した案内があります。この周辺は17世紀後半から19世紀にかけて日本人居留地(倭館)だったところでした。その面影はほとんど今は遺っていませんが、今でもプサンの繁華街になっている地域です。日本の植民地時代にも多くの日本人が住んでいたようで、一部その時代に建てられた建物もあるようです。

Busan_2

市内の倭城跡には行っておきたいということで、こちら釜山鎮支城跡へ。現在は朝鮮式城郭跡の公園として整備されているものの、かつては倭城(子城台倭城)だった名残が遺っている石垣から窺えます。

Busan_1

この城は豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)の際に、朝鮮半島における拠点として小西行長らによって整備されたと言われています。

Busan_3

Busan_4

このように、後世に再整備されていると思われるものの、石垣は豊臣系城郭といった風情で(素人の見た目ですが)。事前の下調べはあまりせずに行ったのですが、こんなに石垣が遺っているのを知らなかったので、驚きました。

なお、麓には朝鮮通信使歴史館があり、朝鮮王朝と日本の江戸幕府との交流についての展示がされています。後で知ったのですが、ユネスコの記憶遺産への登録に関係しているようです。

Busan_8

あとは町歩き。「草梁イバグギル」として、プサンの古い町並みが遺っている場所を散歩のスポットとして整備した場所へ行きました。もっとも楽しい思い出ばかりではなく、ここは朝鮮戦争時に多くの避難民が難を逃れた場所だったとのことです。

ともあれ、急坂かつ階段で、なかなかの運動になりました。平日だったので閑散としていましたが、休日には道端の店も開いて賑やかになるのかもしれません。

Busan_9

Busan_10

登り切った辺りから見たプサン駅周辺。

東萊府など行けなかったところがいくつかあるので、また行きたいと思います。

(※今回から画像の表示形式を変更しました。)

2018.01.01

2018年謹賀新年

なんだかあっという間に新年となりました。
本年も宜しくお願いいたします。
毎年書いているような気がしますが、このブログもすっかり先細りの体たらくになってしまいました。そろそろ潮時かなと思わないでもないのですが、もうしばらく続けたいと思います。
史跡ネタは、実は溜まる一方なのですが、全然更新できていません…というか、正直に言えば、ここで紹介する気力が今はほとんどありません。いつかは再開したいと思いますが、もし期待している方がおられましたら、現状について申し訳ないと思います。

さて、昨年は細々ながらも研究面では次のような成果がありました。

・二冊目の単著(論文集)刊行。
・リスボンでの研究会報告(報告は英語でなんとか頑張りましたが、討論は日本語…)
・論考をいくつか発表(しかし出たのは上半期のみ)

研究面では、今年はかなり深刻な事態になりそうで、今から不安いっぱいです。
研究生活でもピークが過ぎたと言われないように、がんばりたいところです(ただ、粗製濫造しても意味はないのですが)。

ともかくも、健康第一でまいりましょう。
みなさんにとってもよい一年となりますようお祈りいたします。

ちなみに、先月は菅浦(左写真、3回目)と熊本(n回目)へ行ってきました。
熊本へは震災後初めて行ったのですが、熊本城の現状を目の当たりにしてきました(右写真)。私にできることはほとんどありませんが、復興が着実に進むことを願っています。

SugauraKumamoto


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