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2017.09.16

リスボンでの学会報告

Lisbon_1Lisbon_28月末から9月初めにかけて、EAJS(ヨーロッパ日本研究協会)の国際学会のため、リスボンへ行ってきました。応募したパネルが幸運にも採択されました。

報告は日本語でもokということで気軽な気持ちでいたのですが、諸々の事情により結果的に英語で報告することになり(討論は結局日本語にしてもらいましたが)、私の報告はしどろもどろに(笑)。とはいえ、聴衆のみなさんからは意を汲んだ質問をいただいて、少しほっとしました。私の語学力はまだまだ初心者のレベルで、忸怩たる思いです。

学会では様々なイベントも用意されており、この辺りは日本の学会とは違った雰囲気を体感できました(その分、参加費が高いのではありますが)。合間を縫ってリスボンやその周辺の史跡も巡見し、満足した“出張”になりました。

国際学会(英語)での報告はこれで2回目ですが、まだまだ修行が足りません。それとともに、そろそろ英語で原稿を書く必要があるだろうなあ(名刺代わりとして)と思うものの、それを可能とする実力を身につけるための努力はまだまだこれからです…。

それにしても、リスボンは素晴らしい所でした。ヨーロッパやアメリカなどからバカンスに訪れる人が多いのもわかります。晴れると暑いものの、湿度が低くて過ごしやすかったです。坂がきつくて歩き回ると結構疲れますが。

2017.04.10

寧波

Ningbo_1先月、寧波へ行ってきました。大学院時代のゼミのメンバーとの間でかねてより計画していた旅で、なかなか実現できずにいたのですが、やっと実現できて感慨ひとしお。しかも私は寧波は初めてだったので、やっと念願が叶った心境でした。
ただ、行ってみるとこのように完全に都市化しています。当然といえば当然なのですが。

Ningbo_6Ningbo_5日中交流の痕跡を探して廻ったわけですが、残念ながら実見してそれとわかるようなものは遺されていません。左写真の霊橋は、川に囲まれたかつての寧波へ入る唯一の橋だったもので、その手前にある川岸が、各地からの物資を荷揚げする場所だったとされています。
留学で訪れた道元の祈念碑が近くにありますが、工事エリアになっており近づけず。

右写真は、その近くの日本人が多く居留した地に建つ境清興法寺跡の石碑。この辺りが寧波の乱の勃発地と目されています。

Ningbo_2時間が限られていたので少しだけですが、舟山にも行きました。これは舟山のごく手前にある瀝港(烈港)に建つ「平倭碑」。この辺りは、双嶼へ移る前に王直が拠点とした場所で、その鎮圧を記念して建てられたものです。石碑には多くの碑文が刻まれていましたが、ガラスで反射してまともに写せそうにないので、接写は諦めました。

Ningbo_3Ningbo_4中世の日本から留学僧が訪れた著名な二つの寺院。左は阿育王寺の開山堂。かつて、重源が周防の木材を寄進して建てられたと伝わっているもので、今のものはそうではないかもしれませんが、中に入ってみると確かに様式は東大寺大仏殿に似ている気がしました(専門じゃないので自信はないですが)。

右は天童寺。栄西も訪れた寺院ですが、道元が修行した所として知られています。日本からの曹洞宗関係の訪問者が多いらしく、境内にはその記念の品々が展示されている場所もありました。

Hangzhou寧波の後は杭州へ。こちらも時間が十分ではなく、霊隠寺の石仏を見学したり南宋時代の都市の遺跡をちょっと見たりした程度でしたので、再訪したいところです(カメラの調子も悪くなったのが残念)。写真は世界遺産の西湖。天気がいまいちでしたが、かえって水墨画のような雰囲気になってよかったかもしれません。

2016.08.30

北海道のサマーセミナー

Ss2016_12Ss2016_36今年も中世史サマーセミナーに参加してきました。これで5年連続?回目。
そして今年はついに念願の北海道で開催とあって、万難を排して参加しました。その理由といえば、サマーセミナーなんだから涼しいところでやるべきだ!というつまらないこだわりが実現したからという小さい理由なのですが(笑)。

とはいえ、最近では若い頃のように日本とその周辺との交流に対する興味が再び高まっており、しかもなかなか学ぶ機会の少ない北方の交流に関わる内容になるとあって、非常に期待しつつ参加しました。そして、予想以上に大いに学んだよい機会となりました。実行委員をはじめ、関わった多くの方々に感謝申し上げます。

個人的にはやはり銭が気になったところでしたが、少なくとも16世紀までは、アイヌはやはり銭を貨幣として認識していなかったようで、でありながら北方経由で銭が入ってくることが興味深いところです(装飾品としての需要があったためとするのが有力のようですが)。私自身オリジナルな分析はできませんが、多くの研究に学んで今後も考えていきたいと思います。

酒も食もさすが北海道というか、短い期間でしたが堪能することができました。最近北海道に行く機会が多くなったのですが、またすぐにでも行きたい(笑)。

ちなみに、左写真は厚真町の12世紀頃の遺跡発掘現場。来年にはダムの底に沈むそうです。右写真はよいち水産資料館(余市歴史民俗資料館)で展示してあった、余市で発掘された銭。

2016.01.07

新年にマレーシアへ

もう一週間経ちましたが、明けましておめでとうございます。
年々更新頻度が下がっていく一方のこのブログですが、今のところはまだ続けるつもりです(笑)。
本年も宜しくお願いします。

さて、去年は沖縄で年越しをしたのですが、今年は年明け早々からマレーシアへ行ってきました。
目的はマラッカへ行くことなのですが、クアラルンプールを拠点として、市内をくまなく見て回りました。
簡単ですが、その感想は次の通りです。

Malaysia201601_1Malaysia201601_3
クアラルンプールはとにかくどこもかしこも工事だらけ。高層ビルから道路まで、あちこちで建設工事をしています。それだけ投資が集まっているんだろうけど、その後の持続的な成長についてどういうビジョンを描いているのか気になりました。

ともあれいち旅行客としては、歩きにくいったらない。工事現場では歩道が犠牲にされるのが当たり前で、車道沿いの歩道が突然なくなったり、歩道が道路から突然それていったり、舗装も悪い。目の前に目標が見えているのに、道がなくてたどり着けないなんてことがよくありました。

しかも信号がひどい。完全に車優先で交通システムができていて、全然横断歩道の信号が青にならない。しかも横断歩道もほとんどない。なので、地元の人も観光客も全然信号も守らないし、車がビュンビュン通り過ぎるのも構わず車道を平気で横断する。でも、そうでもしないと反対側に全然渡れないので仕方がない。

公共交通は、バスはバス停がどこかすらもわからないので乗りませんでした(マラッカでは一回乗ったけど)。LRTやモノレールは、混雑しているけどふつう。空港と市内を結ぶ高速鉄道は快適。そしてこれまたひどいのが国鉄(KTM、かつてのマレー鉄道?)。本数少ない・時間通りに来ない・遅い・サービスが悪い(切符が窓口でしか買えない)等々。なので通勤時も空いていました。おまえは関西の国鉄かと。

数日いただけではありますが、総じて人々は穏やかでしたし、愛想のいい感じがしました。経済が比較的好調なのも大きいのでしょうけど(とはいえ、やはりそのひずみを実見することもある)、人に酔ってしまう東京よりも居心地がよかったです。

それにしても、またもや毎日のように道を聞かれた。どう見ても観光客にしか見えないはずなのになぜなんだろう。そんなにふてぶてしく見えるのかなあ(笑)。早口の英語でまくし立てられると、答えられないんですよ…。

Malaysia201601_2Malaysia201601
マラッカは日帰りで数時間の滞在でしたが(長時間炎天下を歩くのは不可能…)、15~16世紀の世界において最も重要な場所の一つに立てたことは感慨ひとしおでした。ただし町並みはもちろんもっと後の時代にできた風情のもので(チャイナタウンなど)、当時の雰囲気をそのまま感じることができるわけではないのですが、現地に行ってみる意義というのはあるだろうと思います。

それにしても先に書いた通り、マレーシア(の都市部)の変化はめまぐるしいです。もう数年もしたら景観がすっかり変わってしまっているかもしれません。当然ながらその時になくなるのは、歴史ある風景です。

2015.09.06

サマーセミナー@福島

Img_8353Img_8412今年も中世史サマーセミナーへ行ってきました。今年は福島ということで、宿は飯坂温泉。一度は行ってみたい温泉だったので、ありがたかったです。

初日は研究報告があり、二日目からは巡見。以前書いた論文で触れたことがある梁川へ初めて行くことができたのも収穫でした。また桑折西山城跡(右写真)にも初踏査。『塵芥集』に登場し、SさんとSさん(イニシャルは同じ)の例の対談本でも話題になったあの橋もしっかり見ることができました(笑)。

今年もお気楽な一参加者として楽しむことができましたが、それもこれも当然ながら実行委員会のスタッフのご尽力あってのことです。お世話になったみなさんありがとうございました。来年はいよいよ北海道となりましたが、(勝手に少し責任を感じて?)来年も是非参加したいと思います。

2015.08.30

台湾の金山遺跡

Img_8177Img_8210バカンス二回目は台湾。盆明けに行ってきました。台湾は初めてだったこともあり、台北にステイ。完全自費の旅行だったのですが、そこは興味関心に基づくと必然というか、台北近郊の金山遺跡を見てきました。

写真はそのうちの、金瓜石(きんかせき)。台湾の北東端に近い所にある金山遺跡。清代から開発が進められたようですが、大規模化したのは日本が統治するようになってから。戦後も稼働していたようですが閉山となり、現在では史跡として整備が進められています。日本的建築物も遺っており(先日の台風でかなりやられたようですが…)、所々に往時を偲ばせる遺構が遺っていました。

そのうち、右写真にあるのが、集落を見下ろす場所に建てられた金瓜石(金山)神社の跡。現在も灯籠が遺っていて、昭和12年(1937)7月の銘を確認できました。

もう一つ著名な遺跡は九份(きゅうふん)ですが、こちらは完全に観光地化していて、一応行ったもののかなり辟易して帰ってきました(笑)。寺院や坑道跡あたりは見てきましたが。

台北旅行といえばふつう「食べ歩き」、しかも夜市めぐりだと思うのですが、結局夜市へいくつか行ったものの、屋外では全く買い食いしませんでした(笑)。
最後ながら、もちろん故宮はじっくり見てきました。個人的にはあまり関心はなかったのですが、やはり「白菜」と「角煮」は人気のようで、昼過ぎは団体客の行列が伸びていました。でも夕方になると団体客もいなくなりガラガラに。じっくり見たいなら夕方がおすすめです。

2015.08.15

宗谷岬初訪問

Dohoku_11Dohoku_4つかの間の?バカンス一回目。いつかは行きたいと思っていた宗谷岬へ行ってきました。

初日は札幌に泊まり、翌朝JRで稚内へ。稚内ではレンタカーを借りて宗谷岬へ到達。予想外に蒸し暑かったのが残念でしたが、荒涼とした風景もあるなど、北海道らしい景観を十分に楽しむことができました(そしておいしいものも)。

その後は車であちこち見て回りながら、旭川まで。米作地帯の現在の北限がどこなのか個人的に関心があったので注視していたのですが、今は名寄周辺まで広がっているのですね。しかも、この地域は「米どころ」と呼ぶべきだという印象でした。昔地理で勉強した知識はもはや陳腐であることを痛感しました。

ともあれ長年の目標を一つクリアできてよかったです。最近は毎年余暇で北海道へ行っていますが、来年は避暑として研究作業をしに行きたいなという野望も…。そんな場所を確保できるかは心許ないのですが。

2015.06.03

初の海外報告

046050先週末はシンガポールで開催された第3回アジア世界史学会(AAWH)で報告をしてきました。パネル形式でしたが、その組織者として報告の調整をするという経験もしました(英語で報告したことないのに(笑))。

報告が成功だったかというと、正直に言ってそうとは言えないものでした。とにかく英語では言葉が出てこず、言いたいことの半分も満足に言えないもどかしさを感じるだけで終わってしまいました。
そうとはいえ、堅実な研究をすることは当然として(私はここもやや問題がありそうですが(笑))、今後は海外で同じ問題関心を持つ研究者と意見交換できるようになりたいという思いもあります。そのためには少なくとも最低限の英語が使えた方がいいわけなので、今後も少しずつ研鑽していきたいと思います(英会話学校に通ったりまではしませんが)。

一方、東南アジアは去年以来何度か行っていますが(行き過ぎとの批判も…)、やはり食が多彩。米派な私にとっては、米食主体なのも合うので(さらには、ビール党にも優しい土地柄(笑))、楽しい滞在となりました。

この半年ほどはこの報告の準備に意識が傾いていてほかのことがあまり出来なかったので、それから解放されて心置きなくまずは締切原稿に向かいたいと思います…。

2015.05.13

パリ旅行

071178積もる仕事はすっかり忘れることとして、先週は一週間まるまる休みになったので、思い切ってパリに旅行してきました。お恥ずかしながら、ヨーロッパ自体が初めて。大したトラブルもなく、楽しく過ごすことができました。

パリ市内の観光地はおおむね見に行くことができました。また、ベルサイユやロアール川流域の城も見に行くことができました。

以下は旅行しての感想。

(1)街の印象
良く知られるように、都市部は東京の山手線の内側くらいの面積。人口は250万人ほどで、周辺人口を考えても名古屋と同じくらい。なので、東京ほどの規模ではないけど、人に酔うようなほどでもない(観光客が群がるような所は別)。でも、路上喫煙とポイ捨ては茶飯事で、ゴミは沢山落ちている。
この辺は誰もが思う一般的なイメージでしょうけど、私も同じように感じました。
でも、地元の人、移住してきた人、観光客、色んな人種の人達がいたのを実感できました。まあ観光客にとっては物珍しいで済むけど、実際に住むとなると、楽しいことばかりではないだろうなあ。
私が歩いた所に限ってのことだけど、意外にもムスリムの人(と一目でわかるような人達)はほとんど見かけなかったです。そのこと自体も、この街の抱える現状を表しているのかもしれないのですが。

(2)右側通行
パリの交通は右側通行が基本ですが(国鉄だけ左側通行?)、特に印象に残ったのは、地元の歩行者も無意識的に右側通行を徹底しているなと感じたことでした。
パリも東京と同じく路次は歩道が狭いのですが、すれ違う際にはなるべく右によけようとします。私が時々うっかり左によけようとすると、相手も同じ方向に動いてうまくすれ違えないことが何度かありました。日本人も歩行者は右側通行だと教えられているものの、徹底度の違いを感じました。
なお、歩行者は全然信号を守りません(笑)。私もそれにすっかり慣れてしまった。

(3)観光客
遠いからか、アジア系は予想より少なかったですね。GWの割に日本人も予想したほど多いとは感じず、大陸の華人も観光地に来る一部の団体客(このジジババはかなりたちがわるかったけど)を除けばあまり見かけませんでした。
一方、東欧系と思われる言語を話す観光客が結構多かった(多くはロシア人?)。そして、彼ら彼女らはヘビースモーカーが多い(笑)。観光地でも所構わず煙草を吸うわ、団体で群れてちっとも譲らないわ、割り込みするわ、結構うんざりしました(笑)。

(4)旅の豆知識(経験から)
クレジットカードでほとんど何でも済みます(交通費やスーパーでの買い物など全部)。現金しか使えないのは、露店とか賽銭とかホームレスに恵むといった程度です(たまにカードNGの飲食店もあるけど)。私も不安で一応180EUR位持って行きましたが、結局使ったのは15EUR程度でした。現金があるとスリに狙われるので(特に日本人は現金主義なことがよく知られているので狙われやすい)、むしろ持って行かないくらいの方がいいなと実感しました。(追記、ただしタクシーは現金主義でカードが嫌がられる? 私は使わなかったのでわかりませんが。)

最後に、私自身が痛感したのですが、石畳の舗装が多く歩くと予想以上に脚に負担が来ます。多く歩く予定の場合には靴の選択を間違えないようにお薦めします。

なお、左写真は言うまでもなくエッフェル塔。右写真はベルサイユです。

2015.03.22

天草巡検旅行

Shikijo_10Sakitsu_7春休みのレクレーション第2弾は天草へ初めて行ってきました。島原の乱をはじめとして、キリシタンの島として有名ですが、かつて『八代日記』を読んでいたこともあって、個人的には戦国期の天草の痕跡を見たいと思って行ってきました。

左写真がその一つの、志岐城跡。志岐氏の本拠とした地で、16世紀後半には宣教師らが多く訪れ拠点とした所として知られています。奥の突き出た丘には、後に島原の乱で幕府方の防衛拠点となった富岡城跡があります(かなり整備が進んでいました)。

右写真は、世界遺産の候補として数えられてもいる崎津教会。漁村のランドマークとして教会がある姿は、日本では意外と珍しい光景です。

Tanasoko_18Misumi_3こちらの左写真は、棚底城跡。『八代日記』にしばしば登場する城で、ここを巡ってともに天草の領主だった上津浦氏と栖本氏が争奪戦を繰り広げた所です。

右写真は天草へ入る地である三角。こちらも世界遺産候補になっているとのことで、そのアピールとなる展示がされていました。

春休みもあと10日。まだこの後2回出張があり、そのまま新学期へなだれ込みとなります。ああ原稿が…。

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