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読んだ本・読みたい本

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2012.04.25

千葉関係の企画展巡見

少し前になりますが、千葉県内で開催されている中世に関係する企画展二つを見に行ってきました。

まずはお馴染み佐倉の歴博。「洛中洛外図屏風と風俗画」と題して、戦国期から近世にかけての京都を描いた絵図や屏風が数多く展示されていました。中でも私の一番のお目当てが、「歴博甲本」と呼ばれる洛中洛外図屏風。洛中洛外図屏風では、米沢にある「上杉本」が最も精緻で有名ですが、歴博にあるこの屏風もまた戦国期の京都を描いたものとして勝るとも劣らない価値を有するものとして知られています。記憶が定かではないのですが、私は多分歴博甲本の実物を見るのは初めてで、照明が若干暗いので細部は見えづらいところもありましたが、じっくり堪能してきました。ついでに、ミュージアムショップで売っていた縮小版の写真も購入。

Sakurajo_42その後、歴博のある佐倉城跡を散策。花見シーズンぎりぎりというか、かなり散っていましたが、花見で来ている人もまだたくさんいました。


そしてもう一つが、館山市立博物館の分館で開催されている「中世の安房と鎌倉」です。間には海があるものの、中世において鎌倉と安房とは文化的な結びつきが強いことを示す展示がされていました。安房には称名寺や円覚寺などの所領もあることから関連史料がいくつか遺っていることや、特に目を引くのが、安房には「やぐら」が多く確認されるという特徴を持っていることが示されていて興味深かったです。

Oyamasenmaida_3Oyamasenmaida_6一泊して、翌日には里見氏の城跡・稲村城跡や館山の「やぐら」をいくつか見てまわり、帰りには大山千枚田(千葉県鴨川市)という、房総にある立派な棚田を見学(写真参照)。終盤まで体調が悪く(二日酔いです…)同行した方々にご迷惑をおかけしましたが、二日間いい勉強になりました。
実は、当日は里見氏城跡が国史跡に指定されたことを記念してのシンポジウムが館山で開催されていたのですが、申込締切に間に合わず私は参加を見送りました。

千葉へ来て一年が過ぎましたが、元々土地勘もなく、いまだにまだまだわからないことが多いですので、徐々に地元の歴史を勉強していきたいと思います。

2012.03.19

春の遠征二件

Myohoji_1Omurosengen_2すっかり時機を逸したネタですが、今月の始めにとある勉強会の合宿(=旅行)で河口湖へ行きました。もっとも私は一日のみの日帰り参加でしたが。
別の勉強会で『勝山記』を読んでいるので、そのフィールドとなった地を是非見て回りたいとかねてより思っていたので、いい機会となりました。

左写真は、河口湖畔にある妙法寺。『勝山記』は別名『妙法寺記』と呼ばれますが、その名前はこの寺が由来です。
右写真は、こちらも湖畔にある富士御室浅間神社。ここが『勝山記』の書かれた所です。別当寺である常在寺も隣接していました。

このほか、本栖湖畔にある本栖城跡や、富士吉田の関連史跡も見学してきました。午後はあいにくの雪となり気候的には厳しかったですが、充実した一日でした。


Sugaurachikubushima_22Sugaurachikubushima_109さてもう一つは、先週末にこちらも合宿で菅浦と竹生島に行ってきました。菅浦は二度目でしたが、竹生島は初めてだったので、存分に堪能してきました。しかし飲み過ぎと寝不足で二日目は撃沈。帰りは京都で特別公開している寺院を見ようと思っていたんですが、とてもそんな体力がなく断念。すぐに新幹線で帰ってしまいました。若干心残りではありましたが、充実した合宿で楽しかったです。ただ、この合宿の将来的な展望はやや寂しいものとなりそうな感じですが…。

今年の春休みは大々的な旅行はできませんでしたが、それなりにリフレッシュする機会が得られて良かったです。あとはもう新学期の準備だなあ…。

2011.10.11

恒例の京都、初めての東寺

Toji2011_2Toji2011_110月の三連休は、恒例の日本史研究会大会。今年も出席しました。
土曜の全体会報告は直接専門とは関わらないのですが、過去の地震に関わるものや現在の労働問題など、いろいろと刺戟を受けました。とりわけ戦後における労働政策・行政の問題について鋭い指摘がされていたのが印象に残っています。できれば、授業の場で学生に還元できればいいなあ、と思いました。
後日、↓の本を読んでみたいと思います(内容の詳細はこちら)。

4763406043ワーキングプア原論―大転換と若者
後藤 道夫
花伝社 2011-06

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さて、日曜の部会報告がもちろん最大の目的だったわけですが、こちらも興味深く聞かせていただきました。最近はやや興味が遠のいてはいるのですが、数年前に興味をもっていろいろと勉強したテーマだったので、当時の記憶を廻らせながら聞いておりました。
またぞろ懲りもせず質問してしまいましたが…、ご容赦ください。ただ、今年は質問する人の世代が随分若返りましたね。そういう意味でも、画期となる報告になるかもしれません。

というわけですが、実情はまたもや飲みに行っただけではないかという感も(笑)。とにかくよく飲みました。また、今年は空き時間に東寺宝物館の「東寺文書」企画展を見に行きました。実は、お恥ずかしながら東寺は初めて。時間がなかったのでくまなく見て回ることはできませんでしたが、写真の金堂と御影堂(ともに国宝)などの写真を撮ってきました。五重塔は、まあ近世だしね…(笑)。

報告者はじめ、関係者のみなさんお疲れさまでした。
そして日常へ。原稿が締切をすぎてしまって、やばい…。

2011.09.15

飛騨の史跡から名古屋で研究会

Emayakata_46Shirakawago_88先週は、スケジュールが合ったので出身ゼミの合宿(というか旅行)に混ぜてもらいました。
今年は飛騨。この地域の史跡はほとんどが初めて行くところなので、とても楽しませてもらいました。最終日はやや天気が悪かったものの、概ね天気にも恵まれて運が良かった。

東京から貸し切りバスに乗り込み、安房峠を越えて飛騨入り。最初は神岡へ行き、神岡城跡と左写真の江馬氏館跡。地元の方に解説もしていただき、非常に有意義でした。
その後は飛騨安国寺へ。国宝の経蔵を所蔵している所ですが、それ以上に?、かつての研究仲間が副住職として在住しているので、旧交を温める目的もありました。その目的を無事果たせた。高山泊。

二日目は白川郷へ(右写真)。言わずと知れた世界遺産ですが、平日午前ということもあって観光客はやや少なめか。それでも外国人を含めて多くの人が観光に来ていました。高速道路開通の効果も大きいんだろうなあ。個人的には一向一揆の拠点だった所というイメージを持ちながら歩きました。

午後は高山市内散策。高山ラーメンを食し、整備されている陣屋跡と高山城跡など。午後数時間ではちょっとタイトで、またじっくり歩きに来たいものです。周辺の城跡も行けなかったし…。そして下呂泊。

三日目は午前中に下呂周辺の史跡をまわり、東京へ帰る面々と別れて私は名古屋へ。名古屋の先輩と酒を酌み交わし(飲み過ぎた(笑))、翌日は中世史研究会の大会に出席。院政期の陵墓についての報告で、とてもわかりやすく勉強になりました。…いや、そうか授業や講演ってのはこういう風にやるべきだなあ、と、プレゼンの技術についてもとても勉強になりました。私がこのレベルに達するには、まだまだ精進が足りないなあ…。

こうして、充実した日々を過ごして帰ってきました。幹事はじめ、各地でお世話になったみなさんありがとうございました。

2011.09.06

成田から銚子の日帰り旅

Narita_3Narita_117月に房総半島一周で使った「ちばフリーパス」をまた使った日帰り旅の第二弾。切符が8月末までだったので、先週に駆け込みで利用しました。

今回は成田経由で銚子まで行きました。昼前に出発し、昼時に成田着。成田山参道(左写真)の「川豊」という店で鰻重を食す。事前にネット(「ぐるなび」だったか)で調べたら「上うな重」が2000円で、こりゃお手頃と思って入ったわけですが、実際に行ったら2300円に値上げしてました。今年は鰻が高騰していると聞いたので、その影響なんでしょうねえ。でもまあうまかったです。

その後成田山新勝寺へ(右写真)。写真は本堂の前。なにやらお坊さんの行列が。
例の節分の豆まきってここでやってるんでしょうかね。典型的な観光地化した寺というイメージそのままでした。

Narita_23成田駅へ戻り、銚子行きを待つ。成田へ着いた際に時刻表をチェックしていたものの、どうも時刻を勘違いしていて50分待ち。それならもっとゆっくり歩いて見ればよかった…。

ともあれ成田線で銚子へ向かうものの、所要時間は1時間半(笑)。なめてましたが、千葉は広い。

Choshi_14Choshi_5そして銚子に着き、そのまま銚子電鉄に乗って犬吠駅(左写真)で下車して犬吠埼へ。右写真は犬吠埼灯台。

Choshi_10こちらが犬吠埼から見た太平洋。本州最東端。見渡す限りの水平線でした。

犬吠駅へ戻り、銚子電鉄といえばとかつて話題になったぬれ煎餅を買おうと思ったけど、午後5時をまわって売店が閉まってました。「ぬれ煎餅アイス」ってのがあり、食ってみたかったのだが…。

銚子駅からは特急で帰ろうと時刻表を見ると、1時間半待ち(笑)。駅前をぶらつこうと思っても、駅前はなにもない。天気も怪しい。仕方がないので駅前の土産物屋でぬれ煎餅と干物などを買い(干物を買った店では少しおまけしてもらいました)、発車時刻までのんびり待って帰ってきました。

結構思い付きだったのでわりとせわしない旅でしたが、リーズナブルなわりに満足感は得られました。今度銚子へ行く際には、ヤマサかヒゲタの工場見学でもしてみたり(授業のネタ用)、利根川の河口まで行ってみたいな、と思ったりもしました。 いつになるかはわかりませんが…。

2011.09.02

今年も新見荘調査へ

Niimi201108_1Niimi201108_2もう十日ほど前ですが、今年も新見の調査に参加させていただきました。

今回は、私は内ノ草という地区の調査に同行しました。鎌倉期の検注帳では「宇津草」と記されている地区で、おそらくは荏胡麻畑がかつて広がっていたところに、鎌倉期に新田開発が行われたと考えられている所で知られています。
今の市の中心部からはかなり山間に入った地区で、中国山地に典型的な中山間地域です。最近までは住民もいたのですが、今は皆さん比較的便利な地域に引っ越してしまったそうで、今は集落の住民はいなくなってしまったそうです(ただ、耕作は続けているなど、完全に廃墟になったわけではないようです)。
おそらく、10年もすれば日本のあらゆる所でこういう集落が増えるのでしょうね…。

聞き取り調査もしつつ、耕作の現況や墓石などを調べたのですが、山間なだけあって藪へ分け入る場面が多く(笑)、それを想定した服装ではなかったため、結果的にドロンコに…。いやはや。
右写真は、そのさなか見付けた五輪塔群。おそらく中世のもので良いのではないかと思われます。

それにつけても、改めて新見荘というのは山間部の荘園だったことを思い知らされました。とはいえ、それでもなお中世段階でかなりの山奥まで田んぼが整備されていた(湿田とはいえ)ことに逆に驚かされもしました。

2011.07.24

日帰りで房総半島一周

まだテストと採点は残っているけど、前期の授業が終わったのと、この週末は特に予定もなかったので、千葉県内の鉄道一日乗り放題のフリーパス(1800円)を使って房総半島を一周してきました。

まずは、内房線で館山へ行く。着いた際には雨が降っていたのでどうなることやらと思ったけど、すぐにやみました。
次に乗る電車を時刻表で調べた後、昼飯。店は事前に色々と調べていたけど、時間的にあまりのんびりできない感じなので、駅前の回転寿司に入る。まあそこそこかな。安くはなかったけど。 館山には回転寿司の有名店が別にあるようですが、駅から遠いので選択肢に入らず。

20110723_120110723_2腹ごしらえをして、徒歩で館山城まで。片道25分くらい。城跡の麓にある市立博物館で見学して、登城。左写真が頂上から市街地の眺め。右写真が本丸。天守閣はもちろん模造、というか、明らかに犬山城をモデルにした模様。中は南総里見八犬伝にまつわる展示がされているらしいが、今回はパス。
博物館では、『さとみ物語―戦国の房総に君臨した里見氏の歴史』(第二版、同博物館、2010年)を購入。里見氏の歴史についてまとまった本。

20110723_3登った道から反対側を降りると、しばらくして堀切がありました。この辺でやっと城跡らしさを感じる。さらに降りると、右写真の供養塔。里見氏が改易になった時に殉じた八人の遺臣を祀ったもの。この八人が八犬伝のモデルになったわけですね。
城跡について詳しくは、また忘れた頃にでも…。

歩いて駅へ戻り、安房鴨川行きに乗る。結構混んでいたけど、千倉でどっと降りてガラガラに。鴨川で外房線の電車に乗り換えて上総一ノ宮へ。

20110723_4駅から歩いて10分弱で上総一宮の玉前(たまさき)神社へ。境内は小さく、しかも本殿が修理中で残念。でも、隙間から修理の様子を少し覗くことができました。柱しか残ってなかったけど、それはそれで興味津々。

駅へ戻るが、しばらく電車がないのでのんびり休憩。最寄り駅まで行ける特急が来たので、それに乗って帰りました。
結局、特急等を使ったので交通費は結構かさんだけど、それでも通常運賃よりはかなり安く済みました(はず)。
8月下旬にまた使える期間があるので、今度は利根川沿いへ行ってみようかと画策しています。

2011.05.09

初めての青森県

Aomori2011_5Aomori2011_1先週の三連休に、青森と弘前周辺の旅行に行ってきました。私にとって初めて青森県に踏み入れました。メインは弘前城の桜ということでしたが、いつも通り中世に関係する史跡や石造物を見て回りました。

今回は、復旧して間もない新幹線で青森入り。行きは「はやぶさ」でした。従来の車両に比べて心持ち座席も広く快適。というわけで、左写真がまだ真新しい新青森駅です。
右写真は青森港。旧青函連絡船の「八甲田丸」が見えました。私はこの船に乗ったことがないので特に思い入れはないのですが(「津軽海峡冬景色」の情景が頭をよぎりますが、季節外れ)、これで行き来された北海道出身の方にとっては感慨深いことでしょう。

Aomori2011_3Aomori2011_4そしてこちらが、まさに満開の弘前城。例年との比較ではわかりませんが、今年はちょうど連休中に満開になったので、さすがに観光客が多かったです。会話を聞く限り、東北の方が多かったような気がしました。多くは地元の方だったのかもしれませんが、満開の桜を見て元気が出るといいなと思います。

ホタテを中心に海の幸を飽きるほど堪能して帰ってきました。十三湊など行きそびれた所も残ったので、また機会があれば訪れたいと思います。
史跡写真はまた追々…って、このところこればっかですが(笑)。

ついでながら、岩木山がずっと雲を被っていたのがやや残念でしたねえ。

2011.05.01

小田原周辺城めぐり

Odawara_1今年の大型連休初日は、小田原周辺の城めぐりに行ってきました。出身ゼミの新歓イベントだったのですが、OBのよしみで呼んでいただきました(運転手要員、とも(笑))。

機会が恵まれず小田原にはなかなか行く機会がなかったので、喜び勇んで参加。県境を越えて山中城跡と、「秀吉一夜城」と呼ばれる石垣山城跡、中世の小田原城の遺構とされる大規模な堀切を見てきました。特に石垣山城跡は、かつて見に行ったものの土砂降りで断念したこともあったので、ようやくリベンジが叶いました。

上の写真は、小田原駅前の北条早雲像。こんなのあったんですね。知りませんでした。

Odawara_2Odawara_3左写真は、石垣山から眺めた小田原の市街地。この中に小田原城の天守閣があるんですが、わかるでしょうか?
今は木があって視界が遮られているのですが、それが払われていれば城下が丸見えです。こんなところに拠点を置かれると、攻められる方としてはどうしようもないですね。

右写真は、駅の近くにある、伝北条氏政・氏照の墓。真ん中に仲良く並んでいるのが、左から北条氏照、氏政とされています。そして、右の一回り大きいものは、なぜか北条氏政夫人の墓とされています。見た目にもそれほど時代は下らないように見えましたが、いかがでしょうかね。

巡見後は小田原の練り物を肴に一杯…と行きたいところでしたか、事情により立川で一献。今度は小田原でじっくり飲みたいですね。
結局、小田原城跡には行かず。近世城郭には一切興味を示さないゼミの伝統は健在でした(笑)。

2011.03.02

指導教官の最終講義

Matsuyama_1Matsuyama_2先週末は2年ぶりに松山へ。こう考えると、結構松山に行ってるな…。今回は、学部時代にお世話になった二人の先生が定年になられるので、その最終講義に出席するために行きました。

前日入りしたので久しぶりに城にでも登るか…と思い麓を歩いていると、左写真のようなものが。こんなの作ったのか…。場所もモデルも地味というか。地元でもあまり有名とは思えない、加藤嘉明の騎馬像。松山城を築城した人なわけですが。
歩いて登ったら、結構疲れました。明らかに体力が衰えたなあ。右写真が天守閣。もう閉まっていたので中には入りませんでした。


さて、メインの最終講義。古代史の松原弘宣先生と、織豊・近世史で指導教官だった内田九州男先生の最終講義二本立て。

松原先生は、これまでの研究についてのお話。正直言って学部時代の講義はあまりまじめに聞いていなかったのですが、改めて拝聴するととても面白かったです。
古代史にしては珍しく海上交通をテーマに研究してこられましたが、その背景に、石母田正氏の国家論への関心や疑問があったとの説明は、とても印象深かったです。交通・流通となると私は経済的側面ばかり考えていたわけですが、虚を突かれた気分。課題として中世への展開について述べておられましたが、なかなか興味深いテーマだと感じました。私はたぶんやれないけど…。
また、若い頃からそのテーマで一貫して研究を続けて来られていたとのこと。私なぞはコロコロ関心が変わるのですが、やはりそれではいけませんねえ…。いつものごとく、反省ばかりが頭に浮かびながら拝聴していました。

一方内田先生は、近年取り組んでおられる遍路の研究のなかから、その装束に関する考察についての講義でした。自分史ではなく、あくまで現在の問題関心を提供するというスタンスが先生らしく印象的。現在の遍路で常識的な、全身真っ白な装束は意外と歴史が浅く、1950年前後に定着したのではないかとのこと。多くの絵図などを元に読み解かれる内容で、こちらも面白かったです。
遍路研究は大学でプロジェクトとして取り組んでいるようなので、今後もそちらで携わられることを期待したいところです。

講義終了後はパーティから2次会へ。こちらは松山へ行けば毎度のように、ゼミの仲間と飲んで喋りと。近況報告もそこそこに、いつも当時を懐かしむ話が多くなるのですが、私を含めて、それだけ当時に対する思い出が皆強く残っているのも確か。この経験が今の私を支えていると言っても過言ではありません。
今後はどれだけの頻度で松山に行けるか、またゼミの仲間に会えるかはわかりませんが、可能な限り機会を見付けてまた会いたいと思っています。

ともあれこれで、私と学部の母校との関係も一区切りとなりそうです。寂しいことですが、時の流れは仕方のないことですね。もちろん、それを補って余りあるこれからの新しい出会いを楽しみにしたいものです。

両先生、長らくおつかれさまでした。

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